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思い出した。

今日は読売ランドに行って来ました。メンバーは、日本人は私ともう一人の院生の男の子、そして4人の韓国人留学生の女の子。
読売ランドといえば、敷地内にヴェルディの練習場があるんですよねー!私の最愛の大野敏隆選手が近くで練習していたのかもしれない、とか思うと本気でときめく。

まあしかし、そんなこと考えていられるほどのんきなレジャーではなかったのです、何故なら私は絶叫系が死ぬほど苦手だから。

だってあの人たち一発目からすごいの乗ろうとするのよ!

逃げました。もんのすごい勢いで逃げました。二つ目、一番恐くないから、と言われてゴムボートのウォータースライダー的なもの?に無理やり乗せられ、本気で叫んで半泣きになったらやっとお分かりいただけたようで、次の乗物からは待つことが許されました(笑)
バスで坂道降りるだけで恐がる人間に絶叫系は無理に決まってる!

やーでも楽しかったですよ。その後色んなお話したりね。日本人も韓国人も日本語と韓国語ちゃんぽんで喋るので、今頭の中二ヶ国語がごっちゃです(笑)


ああでも、楽しいだけではなかったのです。
実は、読売ランドの敷地内には、2年前に祖母が最期を迎えた病院があります。今日行くまで本気で忘れていました。というか、2年前は新百合ヶ丘で電車を降りて病院のバスに乗っていたから、「読売ランドの敷地内にある」とは分かっていても電車の「読売ランド前駅」に結び付けることが出来なかったんですね。

祖母は、変わった人でした。もちろんとても大切だとは思っていますが、私たち家族をとても苦しめたことすらあるような人です。彼女に対して私たちは、きれいな思いだけを抱いているわけではありません。

読売ランドにいると、どこからでもあの病院が見えます。あの病院で祖母が過ごした最後の1ヶ月間を、繰り返し繰り返し思い出しました。祖母が亡くなったのは、2年前の丁度今頃。この時期に友人の誘いで読売ランドに辿り着いたのは、何か見えない力に導かれたのだとしか私には思えないのです。何かに呼ばれて私は今日、あの場所に行ったような気がするのです。

絶叫マシーンに乗る友人たちを待つ間、あの病院を眺めていると、わけもなく涙が流れて来そうになった。

祖母の死を悲しいと思ったことはあまりありません。本当に大変な事ばかり私たち家族に持ち込んだ人だったから。そりゃお葬式のときは泣いたけれど。でも正直、これでもう両親があの人に苦しめられることはないとホッとしたことさえあるくらいなのです。

でも今日は何か苦しいんだ。めちゃくちゃ苦しいんだ。
家に帰って来て、やっとちゃんと泣けた。
あの人が今もいたら、この平和はない。私たち家族はきっと、こんな風に笑えてはいないだろう。でも何だかわけもなく涙が出るんだ。泣きたくてしょうがないんだ。わけも分からずに苦しいんだ。自分の想いが見えない。

憎んだこともある。孫なんて自分の玩具くらいにしか思っていなかった人だから。あの人が真実私を愛していたとはとても思えないから。
でも私は、祖母を愛していたのだろうか?だから今割り切れない思いを抱えているのだろうか。
この気持ちを何と言ったらいいのだろう。私は祖母が碌でもない人だと知りながら、それでも愛されたかったのだろうか。

当たり前の『祖母と孫』の関係が、私は欲しかったのかな。ねえ、何でこんなに涙が出るんだろう?何で泣きたくてしょうがないんだろう?私が何を考えているのか、私には分からない。

ただ、今日見た病院の外観が、病院の中での記憶を呼び起こして、離れない。あの病院の中で、両親と祖母と4人で過ごした少しの思い出が、頭の中を駆け巡る。ねえ私はどうしたら良いの?祖母を憎みたいのか許したいのか、それさえ分からない。ただあの頃の光景だけが私の中に映って、酷く痛む。

答えは一生出ないのかもしれません。
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